前に来れないっ
と言って手を上げると、停まったその車にサッと乗り込み、窓越しから笑顔で手を振った。
ホンジョウも見送るようにして右手を軽く振り、車がずっと遠くなっていくのをじっと見つめる。
そしてそのテールランプが遠く点のようになるまでそこにたたずみ、やがてフーッと深いため息をついた。
リビングではそこの3人の住人とハマグチがマキの買って来た追加のワインを開け、2次会ムードで飲み直していた。
大分飲んだよねえ?
ボトル、もう4本空いてるし」
とマキ。
まだまだ、今日は朝まで行きますよ?」
とハマグチはまだ宵の口らしい。
するとトオルの携帯のバイブが彼のズボンのポケットでブルブルッと震え、トオルはすばやくその携帯を取り出すと、
はい」
と言って着信に応える。
ああ、トオル?あたし」
えっ?
ミユキ?」
うん、今から行ってもいい?」
えっ?
あ、ああ???、でも来れないって言ってなかった?」
うん。
でも気が変わったの。
今、シモキタから歩いてるから。
ああ、あの地図ね、わかり易かったからもう着くと思うわ」
そ、そう。
じゃあ待ってる」
と言ってトオルは電話を切った。
何?
誰か来るって?」
とナカバヤシ。
ええ。
あの???ちょっと前に来れないって言ってたミユキが、もうそこまで来てるって」
おお、例の元カノかあ。
よかったじゃん」
とハマグチは単純に女子が増えるのがうれしいようだ。
沖縄ではカフェとレストラン、それと霊気道場なんかもやってるんですって?」
とナカバヤシがミクに尋ねる。
ええ。
レストランのある丘の奥に道場と簡単なバンガローみたいな宿泊施設が四棟。
みなさんも気軽に泊まりに来てくださいね。
まだほとんど知られてないから、けっこう空いてるんですよ。
素泊まり3000円で、霊気体験を無料で付けちゃうんです」
とミク。
そりゃあ、割安だねえ?」
とハマグチ。
トオルはそこに泊まってたの?1ヶ月も」
とナカバヤシはトオルの顔を見る。
ええ、最高でしたよ、あの1ヶ月は。
その一帯がもう、ほとんど楽園みたいで。
ミクさんたちが丘の周辺をガーデンミュージアム並みに手入れしてて、それがまた自然の中のまさにアート空間って感じで。
まあでも、なんと言ってもあそこの空気がね、ちがいますよね?」
とトオルはその光景が目の前にあるかのように口元に陶酔の微笑みを浮かべながらそう言った。
そりゃあ、俺んとこの庭の畑とは比べもんにならねえからなあ」
とホンジョウ。